人もいない春 読了!
親類を捨て、友人もなく、孤独を抱える北町貫多17歳。製本所で短期契約のアルバイトを始めた貫多は、持ち前の自己中心的な短気さと喧嘩っぱやさでまたしても独りになってしまう……。話題の芥川賞作家の渾身作!
一時の感情が身を滅ぼす、それを如実に体現している貫多。
バイト先で、出掛け先で、或いは同衾の仲である女性に対して。
自分の意にそぐわない出来事が発生する都度に、情緒を爆発させ、まるで暴徒のそれと同じように悪辣めいた言動を、ここまでさも誇らし気に書き表せるというのは、間違い無く才覚の一種であろう。
上辺だけに目を当てると、確かに暴虐極まりない愚者のような輩だが、しかし貫多(=筆者)が己自身を、生来より惰弱な性格だと分析しているように、であるからこそして、最悪最低な行為に移してしまうのだと思う。まさに悪癖だ。
そんな性格を改善しようなど思ったかとみれば、果たして結局は諦観するに尽き、開き直りの態様を見せる、一連の行動が清々しくさえ思えてくる。
汚らしい業という、ある種の美点にも成りうる、男の内なる欲望を有りの侭に、惜しげもなく活写する作風を若干下視しつつも、貫多の人生を追随して行きたいと思わせてくれる作品だ。
尚、巻末にて解説をしているのは、何と女優の南沢奈央さんなので、そんな点にも着目したいところ。
人もいない春 (角川文庫)

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一時の感情が身を滅ぼす、それを如実に体現している貫多。
バイト先で、出掛け先で、或いは同衾の仲である女性に対して。
自分の意にそぐわない出来事が発生する都度に、情緒を爆発させ、まるで暴徒のそれと同じように悪辣めいた言動を、ここまでさも誇らし気に書き表せるというのは、間違い無く才覚の一種であろう。
上辺だけに目を当てると、確かに暴虐極まりない愚者のような輩だが、しかし貫多(=筆者)が己自身を、生来より惰弱な性格だと分析しているように、であるからこそして、最悪最低な行為に移してしまうのだと思う。まさに悪癖だ。
そんな性格を改善しようなど思ったかとみれば、果たして結局は諦観するに尽き、開き直りの態様を見せる、一連の行動が清々しくさえ思えてくる。
汚らしい業という、ある種の美点にも成りうる、男の内なる欲望を有りの侭に、惜しげもなく活写する作風を若干下視しつつも、貫多の人生を追随して行きたいと思わせてくれる作品だ。
尚、巻末にて解説をしているのは、何と女優の南沢奈央さんなので、そんな点にも着目したいところ。
人もいない春 (角川文庫)
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Xの悲劇 読了!
満員電車の中で、渡し舟の中で、汽車の中で、次々に発生する殺人事件。いずれも群集の中での事件でありながら目撃者は居なかった。ニューヨーク400万市民の中へ紛れ込んだ犯人は果たして何者か?
かつてシェークスピア劇の名優と謳われながら、今は耳が聞こえなくなって舞台を退いたドルリー・レーンが、鮮やかな推理劇を披露する。純粋な謎解きの論理に息もつかせぬ傑作。
推理小説の歴史に名を残した、エラリー・クイーンの瞭然たる傑作品。
これが1932年に発表され、今もなお衆目に触れる小説であるという事実が、どれだけ凄い物語であるのかを証明している。
嚆矢に発生する、奇怪な「ロングストリート殺人事件」を皮切りに、彼の関係者である人物が次々に殺害されていく流れには、蠱惑的に、或いは好奇心を因として、深く物語の中に没入させられた。
一体誰が犯人なのか……休止符が打たれることなく、事件は鬱勃していくので、緊張を孕んだ形勢を保ちつつ(読者をうまいように惹きつけながら)展開していったと思う。
事件が起こっている最中に、または捜査中に、ちょっとしたヒントが堂々と告知されていたという点について、探偵の役を担っていた「ドルリー・レーン」の解説を読むまで気がつかないでいたので、巧いようにしてやられたなと思った。
指摘されてみれば当然の事案については勿論、その他、ありとあらゆる些少なる事象についても、その実真犯人を当てるに充足なファクターを含有させていたとは、その精緻で巧みな筆致には本当に舌を巻く思いである。
そんな隠されたヒントなどを上手く霧散させていたのが、個性的な登場人物の面々。
人間関係が複雑に相関し合っており、誰が犯人でも全く妙ではないので、推測を濁らせるにはうってつけの手法だったろう。
何せ、人物紹介の欄に記載されているだけで「21人」もいるのだから、ましてや、それ以外にも大勢の人間が関わってくるのだから、それはそれは大変なドラマが生まれないハズがない。
こういった、人間の歪み合いだったりも加味して、全てを翻し、本当によく構成されている推理小説だなぁと、改めて思い知らされた。
人物の多さや、奇妙な事件の内容に脅かされることなく、スラスラと読み進めることが出来たので、何方様にもお薦めすることが出来る作品だ。
Xの悲劇 (創元推理文庫)

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かつてシェークスピア劇の名優と謳われながら、今は耳が聞こえなくなって舞台を退いたドルリー・レーンが、鮮やかな推理劇を披露する。純粋な謎解きの論理に息もつかせぬ傑作。
推理小説の歴史に名を残した、エラリー・クイーンの瞭然たる傑作品。
これが1932年に発表され、今もなお衆目に触れる小説であるという事実が、どれだけ凄い物語であるのかを証明している。
嚆矢に発生する、奇怪な「ロングストリート殺人事件」を皮切りに、彼の関係者である人物が次々に殺害されていく流れには、蠱惑的に、或いは好奇心を因として、深く物語の中に没入させられた。
一体誰が犯人なのか……休止符が打たれることなく、事件は鬱勃していくので、緊張を孕んだ形勢を保ちつつ(読者をうまいように惹きつけながら)展開していったと思う。
事件が起こっている最中に、または捜査中に、ちょっとしたヒントが堂々と告知されていたという点について、探偵の役を担っていた「ドルリー・レーン」の解説を読むまで気がつかないでいたので、巧いようにしてやられたなと思った。
指摘されてみれば当然の事案については勿論、その他、ありとあらゆる些少なる事象についても、その実真犯人を当てるに充足なファクターを含有させていたとは、その精緻で巧みな筆致には本当に舌を巻く思いである。
そんな隠されたヒントなどを上手く霧散させていたのが、個性的な登場人物の面々。
人間関係が複雑に相関し合っており、誰が犯人でも全く妙ではないので、推測を濁らせるにはうってつけの手法だったろう。
何せ、人物紹介の欄に記載されているだけで「21人」もいるのだから、ましてや、それ以外にも大勢の人間が関わってくるのだから、それはそれは大変なドラマが生まれないハズがない。
こういった、人間の歪み合いだったりも加味して、全てを翻し、本当によく構成されている推理小説だなぁと、改めて思い知らされた。
人物の多さや、奇妙な事件の内容に脅かされることなく、スラスラと読み進めることが出来たので、何方様にもお薦めすることが出来る作品だ。
Xの悲劇 (創元推理文庫)
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ある閉ざされた雪の山荘で 読了!
1度限りの大トリック!
たった1度の大トリック!劇中の殺人は真実か?
俳優志願の男女7人、殺人劇の恐怖の結末。
早春の乗鞍高原のペンションに集まったのは、オーディションに合格した男女7名。これから舞台稽古が始まる。豪雪に襲われ孤立した山荘での殺人劇だ。だが、1人また1人と現実に仲間が消えていくにつれ、彼らの間に疑惑が生まれた。はたしてこれは本当に芝居なのか?驚愕の終幕が読者を待っている!
フランクな文体で、しかしガッチリとした骨子のある作品だった。
一般的な、身体的に不自由を強いられるクローズド・サークル物ではなく、精神的に縛りがある、というのが面白い。
本当は山荘の目先にバス停だってあるし、雪など全く積もっていないのに、『山奥の山荘で雪に閉ざされ、連絡手段が断たれる』体で演技を行うので、1人目の犠牲者が出ても、所詮は演劇の練習なのだという空気が漂っており、緊張感がまるで無い雰囲気であったが、2人目の事件が発生した時、ある物が発見されたことにより事態は急変する。
そこから、これは本当に演劇なのか、或いは実際に殺人が起きてしまっているのか、曖昧模糊となり緊張感がグッと増すのだ。
色々と怪しげな伏線が浮上してくるので、読んでいる途中であらゆる展開を想像してしまうのだが、終盤のどんでん返しは本当に素晴らしい。
悲嘆と憎悪が入り交じった、哀しい終盤の入りだったが、オチとしてはなかなか綺麗にまとまっていたので、モヤモヤとした感懐を抱くことなく読み終えることが出来た。
また蛇足として一応、この物語における探偵役(主人公)がいるのだが、その人物の内なる高邁さと、喋る時の丁寧なギャップで些少にも面を食らっていたけれど、最後の涙で悪辣な描写はチャラになった、かな。
出来れば、この物語後の話なんかも読んで見たいところ。それくらい面白い作品だった。
ある閉ざされた雪の山荘で (講談社文庫)
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